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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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大町札の辻

                                福島県キリシタン関連史跡

キリシタン禁令の高札が建てられていた場所


徳川幕府が発したキリシタン禁令の高札が建てられていた場所。
キリシタン大名蒲生氏郷亡き後も、キリシタンが多かった会津若松の高札には、通常よりも厳しい掟が記されていました。

大町札の辻跡

大町札の辻跡


鶴ヶ城の城下町で一番栄えていた場所に高札場はありました。大町にある道がクランク状になった場所が高札場跡です。

ここにはキリシタンに対して、通常より厳しい掟が記されていました。それはキリシタンや伴天連(宣教師)に宿を貸した者も厳罰に処すとの内容。

キリシタン大名蒲生氏郷が治めていたこの地には、キリシタンが多く住んでおり、東北各地に逃れたキリシタンを支援し、宣教師たちが行き来しやすいよう手引きをしていました。

大町札の辻跡

蒲生氏郷ゆかりの地


全国からキリシタンを根絶やしにせよとの徳川幕府の方針を徹底すべく、城下の目立つ場所に禁教令の高札を建て、隠れて信仰する者たちに心理的圧力をかけたものと考えられます。

しかし会津若松から米沢、あるいは会津の山間部の村々にキリシタンたちは潜行していき、かなり長い間信仰の火を保っていたことがわかっています。

大町札の辻跡
現在の様子
大町札の辻跡
現在の様子
大町札の辻跡
道標
大町札の辻跡
説明板


 
現地への行き方
JR会津若松駅から徒歩だと約25分、JR七日町からでも徒歩20分ほどかかるので、バスなどの利用がおすすめ。

(C)Yahoo Japan
100 m
大町札の辻

この地図は大体の位置を示すものです。訪問の際は現地の案内や地図で所在地を確認してください。

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