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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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涙橋

                                 福島県キリシタン関連史跡

刑場に向う者が家族と別れた場所


薬師河原にあった会津藩の刑罰場に向う際、罪人が家族と最期の別れをした場所。
現在は柳橋と呼ばれ、下を流れる湯川とともに城下町の情緒をたたえています。

キリシタン弾圧時代は多くのキリシタンが捕らえられ、薬師河原の刑場で殉教しましたが、彼らも又ここで縁者と別れて刑場に向いました。

涙橋

涙橋


橋のたもとにはこの橋の由来を記した解説板があり、キリシタンについても言及しています。

キリシタン弾圧に関することをしっかり書いている解説板は、意外と少ないので、これはとてもいいことだと思います。

古くからの城下町では大抵「○○公」は素晴らしい人物だったという喧伝が目立ちます。

本来郷土愛と歴史認識は別のものなのに、地元で郷土史家として研究をしている人に限ってそのような傾向が特に顕著なのです。

涙橋

現在の柳橋


歴史の負の面にも目を向け、キリシタンが栄え、また弾圧も受けたということをはっきりと知った上で、これからを築いていこうとする姿勢を感じました。

今は車が高速で行き交い、歩いている人はあまりいませんが、当時はどうだったのでしょう。

賑やかな街道沿いの、生と死が交差するような場所だったのかもしれません。

涙橋
柳の下に解説板
涙橋
涙橋の由来
涙橋
旧湯川
涙橋
建てられていた碑


 
現地への行き方
JR七日町駅から徒歩7分ほど。薬師河原刑場跡に向う道の途中にあります。

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