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天寧寺町土塁

                                福島県キリシタン関連史跡

蒲生氏郷の築いた土塁


キリシタン大名蒲生氏郷が、鶴ヶ城改築の際に築いた土塁。
外郭と内郭を区画した鶴ヶ城の土塁の遺構で、市内に現存するものはわずかであり、貴重なもの。城下の遺構としては、ここの他に甲賀町口門跡、三の丸堀跡があります。

天寧寺町土塁



一見するとただの丘陵に見える天寧寺町の土塁ですが、鶴ヶ城の追手として防御上大変重要なものでした。

蒲生氏郷は子供の頃、人質として信長の下に送られ、信長家臣として戦にも出ていたので、築城や戦略に優れた能力を発揮しています。

わずかに残る土塁の遺構


また一方で商業を奨励するなど、城下町の経済的繁栄の基礎も築きました。

商人が安心して商売をするには、難攻不落の城と城下町が必要であり、軍事と経済の両輪なくしては、藩の発展はありえないとする、氏郷の考え方が、この土塁に表れています。

このような考え方は、戦一辺倒の戦国武将の群れの中では珍しく、近代的なものだったということができます。


土塁と解説板

解説板

天寧寺町の土塁

続いている土塁


 
現地への行き方
JR会津若松駅から車で15分程度。バス停「県立病院前」からは徒歩1分。住所は会津若松市花春町126です。

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