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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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大塚山刑場跡

                                 福島県キリシタン殉教地

多くのキリシタンが処刑され晒された


寛永年間、多くのキリシタンが火あぶり、斬首などで処刑された上、晒し首になった場所。
かつて競馬場になっていた所の隣で、現在は大規模な墓園となっているのが刑場の跡地です。

普段は墓参りの家族連れくらいしか来ることがない場所ですが殉教地であり、古墳などもあって歴史的にも重要な場所なので、大塚山のこれまでの歴史を解説板などを設置して、訪れる人に知らせてほしいです。

大塚山刑場跡地


広大な敷地の墓園となっていて、頂上付近に古墳が発見されている大塚山刑場跡地。

1631(寛永8)年徳川家光は、新しく会津藩主となった加藤明成にキリシタン狩りを命じました。

明成は、逮捕され野原獄屋に入れられていたキリシタンのうち15人をここで火あぶりにしました。

現在は墓園となっている


1633(寛永10)年には30人が火刑に処され、13人は斬首、その首は大塚山に晒されました。

その後も大塚山刑場ではたびたびキリシタンの処刑があったと伝えられています。

会津の殉教については、誰がどこでどのように処刑されたのか、文献により相違がありますが、ここがかつて刑場であり、キリシタンの殉教地であったことは間違いないものと見られています。


大塚山墓園

頂上付近は古墳

古墳について

古墳の解説板


 
現地への行き方
JR会津若松駅から車で30分ほど。住所は会津若松市一箕町大字八幡字北滝沢1です。

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