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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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泰雲寺

                                福島県キリシタン関連史跡

元キリシタンが葬られた寺


会津藩主保科正之の従兄弟で、キリシタンだった内藤自卓(よりたか)の墓がある寺。
自卓は信濃国上田藩士だった頃にキリシタンなりましたが、隠れて信仰を持っていました。しかし1648(慶安元)年にそれが発覚し、入牢。その後棄教したので、会津藩の江戸屋敷に引き取られていました。

1658(万治元)年、正之の家臣となって鶴ヶ城に出仕するようになりましたが、1667(寛文)年、68歳でに亡くなり、門田のこの寺に葬られました。

内藤自卓の墓


墓碑には「源自卓」と刻まれ、歴代藩主の重臣を務めた内藤家の墓域とは離れた場所に、独立した形で墓が建てられています。

この墓の両サイドにある灯籠に、花十字紋が見受けられ、それが隠れキリシタンの信仰を表しているという人がいます。

墓の裏側から見ると・・・


確かに墓の裏側に回ってみると、十字の形になっています。正面からはわかりにくいというのも示唆的です。

何でもキリシタンと結びつける風潮には反対ですが、自卓だけでなく、この墓を建てたとされる妻もキリシタンだったので、もしかしたら天国に行けるように祈っていたかもしれません。


内藤自卓の墓

「源自卓」

裏から見た灯籠

泰雲寺の参道


 
現地への行き方
JR会津若松駅から車で1時間程度。住所は会津若松市門田町大字面川字舘堀64です。

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