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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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猪苗代城跡

                                福島県キリシタン関連史跡

領民をキリシタンに導いたキリシタン城代


キリシタン城代岡越後が居城していた城の跡。

越後はキリシタン大名蒲生氏郷の頃からの会津藩士で、氏郷亡き後も蒲生秀行に仕えました。
越後は1609(慶長14)年から1622(元和8)年まで猪苗代一万石の城代を務め、家臣や領民をことごとくキリシタンに導きました。


猪苗代城跡


猪苗代城は別名亀ヶ城。会津若松城が鶴ヶ城と呼ばれていたので、それに呼応した呼び名がつけられました。

一国一城令が江戸時代初期に出されたにも関わらず、この城は破却されず、幕末の戊辰戦争で焼却の憂き目に遭うまで存在していました。

現在は本丸周辺の石垣などの遺構が亀ヶ城址公園となっています。

本丸の跡


猪苗代城代岡越後のキリシタン家臣は、コスメ林主計、相良庄兵衛、伊藤作左衛門、山下次郎兵衛、星禰右衛門、大越太兵衛、春日伝内、渋谷清兵衛、平山万助、伊藤半助などでした。

このうちコスメ林主計は、越後が城代を辞めさせられた後、越後の甥 岡左衛門佐の命令で、一年もの間牢に入れられ、斬首され殉教しました。


解説板

亀ヶ城見取り図

石垣

復元された鐘楼

井戸跡

遺構

野口英世像

英世ゆかりの地


 
現地への行き方
JR猪苗代駅から車で10分ほど。住所は耶麻郡猪苗代町字古城跡7150-1です。

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インフォメーション


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