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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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南山城跡

                               福島県キリシタン関連史跡

キリシタン城代がいた城


キリシタン城代 小倉作衛門孫作がいた城。
現在は県指定の史跡ではありますが、山中にわずかに残る城跡を見ながら山登りのできる公園となっています。

小倉孫作はキリシタン大名 蒲生氏郷の従兄弟で、氏郷の妹を妻に迎えているので、蒲生一門衆の一人。氏郷の代から仕え始め、氏郷の息子 蒲生秀行の代まで重臣として仕えていました。

南山城跡の登山コース入口


南山城は別名鴫山(しぎやま)城。その名の通り、当時は鳥が羽を広げたような美しい山城だったのでしょう。

小倉孫作は1572(元亀3)年、近江の佐久良城主小倉実隆の子として生まれました。正室は蒲生氏郷の妹。

1594(文禄3)年25歳の時、氏郷に付き随って上洛供奉した際に、イエズス会のオルガンティーノ神父から洗礼を受けました。

南山城があった山


氏郷が会津藩主となった翌年の1591(天正19)年、在番として南山城に入りました。

氏郷亡き後、しばらく南山城を離れましたが、秀行の代になり1601(慶長6)年から1609(慶長14)年の間、南山城一万石の城代を務めました。

その後秀行の重んじた家老と気が合わず蒲生家を去り、同じキリシタンであるジョアン明石掃部全登に助けられ共にするようになり、1615(元和元)年、大坂陣中で戦死しました。

キリシタンの人生が様々だったことを考えさせられます。


遊歩道の案内板

史跡の案内板

登り口の一つ

建てられていた碑


 
現地への行き方
JR会津田島駅から車で5分ほど。南会津郡南会津町田島字愛宕山です。

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