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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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長禄寺

                               福島県キリシタン関連史跡

キリシタン城代が葬られた寺


キリシタンで三春城代も務めたことがある蒲生郷成が葬られた寺。
郷成はキリシタン大名蒲生氏郷から「蒲生」を名乗ることを許された重臣で、氏郷の時代に各地の城代になりましたが、三春城代となったのは、蒲生秀行の時代のことでした。

長禄寺山門


蒲生郷成は蒲生家12家老の一人。1590(天保18)年、小田原の陣では鉄砲大将として活躍しました。

氏郷の会津入封と共に阿子島・二本松城代となり、翌年には白石城代となりました。

1594(文禄3)年氏郷と共に上洛し、1595(文禄4)年ルイス・フロイス神父より受洗。氏郷亡き後、秀行の家臣として三春城代となりました。

しかし郷成も、南山城代を務めた小倉孫作同様、秀行の重んじる家老 岡重政と気が合わず城代の職を辞しました。

長禄寺の鐘楼


その後駿府にいましたが、1614(慶長19)年、幕府は郷成に対し、もう一度会津藩に行って仕えるように命じました。

そこで三春に向ったのですが、その途中の須賀川で亡くなってしまい、この寺に葬られたのです。

1595(文禄4)年のフロイスの記録によると郷成は、「娘と娘婿に洗礼を受けさせる準備をしている」と書かれています。

秀行の下を去った城代たちに共通することは、キリシタンの信仰と、善政を敷いた氏郷へ思いであったように思います。


 
現地への行き方
JR須賀川駅から徒歩18分ほど。住所は須賀川市北町3です。

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