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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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常宣寺

                                 福島県キリシタン関連史跡

牢死したキリシタンを葬った寺


30年もの間牢に入れられていて死亡したキリシタンが葬られた寺。

1645(正保2)年、須賀川村の浪人寺田善右衛門の家族全員がキリシタンだと訴えられましたが、善右衛門と次男は行方不知になっていたので、長男の寺田嘉兵衛とその母ひさだけが江戸に送られ入牢するようになりました。

常宣寺参道入口


キリシタンを各藩で処刑していた時代が過ぎると、潜伏キリシタンの摘発自体が減ってきたので、キリシタンが発覚した場合は江戸の宗門改役の下に送るようになりました。

それで寺田嘉兵衛とその母ひさも、江戸に送られ入牢するようになったのです。

母ひさは高齢のため翌年に江戸の牢で死亡。嘉兵衛はその後も江戸の牢に囚われていましたが、寛文年間にあった幕府宗門改役の交替の際に、白河藩の牢に戻されました。

常宣寺の無縁仏墓塔


1675(延宝3)年、嘉兵衛は白河藩の牢内で亡くなり、この寺に葬られたと記録されています。

どのような形で葬られたのか、それがどこなのか全くわかっていません。

江戸と白河の牢にいた期間は合わせておよそ30年。決して短い時間ではありません。誰しも同じく一日24時間を生きていくわけで、その一日一日を重ねての30年なのです。

主を棄てることができなかったとは、何と偉大なことだろうかと、深く考えさせられます。


参道入口

常宣寺の木々

六地蔵

常宣寺


 
現地への行き方
JR白河駅から徒歩12分ほど。住所は白河市新蔵136です。

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