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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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大隣寺

                               福島県キリシタン関連史跡

元キリシタン武士が葬られた寺


元キリシタン武士 梅原大膳の墓がある寺。

梅原大膳は近江生まれの武士で、蒲生氏郷五手組として会津に入った梅原彌五左衛門の弟、梅原彌三左衛門のこと。第三代会津藩主蒲生忠郷の家臣になりましたが、忠郷が死去したため、1628(寛永5)年から白河藩主丹羽長重に仕えるようになりました。

大隣寺


大隣寺は藩主丹羽家の菩提所となっている大寺院。戊辰戦争の後には藩主の謹慎所ともなったことがあります。

広い墓域には歴代藩主の墓の他、二本松少年隊の墓などもあり、白河の代表的な人物が葬られている寺といっても過言ではありません。

梅原大膳は丹羽家に仕えている時代にキリシタンであることが発覚し、江戸に送られたこともありますが、その後復帰し、城代にまでなっています。

それはなぜかというと、第一には転んだこと、第二には妻が前藩主丹羽長重の姪だったことが挙げられます。

本堂


1652(承応元)年、棄教して名を半右衛門と改めて戻ってきて、1655(明暦元)年から二本松藩に仕官して、四本松城代を務めました。

梅原大膳は小峰城下の会津町でキリシタン武士として熱い思いを持っていた者たちの中の一人。

弾圧が厳しくなるにつれ、彼らの道はそれぞれに分かれていきました。殉教の道を歩む者もいれば、棄教する者もおり、棄教した上他の信徒を売った者までいます。

妻のおかげで復帰でき、城代にまでなった大膳は、幸せだったのでしょうか。キリストのために死ねた者のことが羨ましかったかもしれません。


大隣寺

大隣寺境内地図

石段

入口の仏像


 
現地への行き方
JR二本松駅から徒歩20分ほど。住所は二本松市成田町1-532です。

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