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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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供中(ぐちゅう)河原刑罰場跡

                               福島県 キリシタン殉教地

キリシタンの処刑が行われた場所


二本松城下で捕らえられ棄教しなかったキリシタンが殉教した場所。

1632(寛永8)年、牢内で転ばなかったキリシタン14名は、阿武隈川畔にあったこの刑罰場で処刑されました。ここは四本松城下へ通じる阿武隈川の渡し場だった所で、見せしめのためにあえて賑わいのあるこの場所を選んで処刑をしたのでした。

供中河原刑罰場跡


棄教しないキリシタンは牢から引き出され、大工町、中町、荒町と人目に晒されながらここに連れられて来ました。

供中河原刑罰場跡には、一般罪人処刑者のための供養碑は建てられていますが、キリシタンが信仰のゆえに殺されたことは、解説板にも書かれていません。

欧米や韓国などクリスチャンが多い国なら、これほどの殉教地を放っておかないだろうにと思うと、悔しい気持ちになります。


供中河原刑罰場跡

現在の様子

一般罪人の供養碑

供養碑

阿武隈川畔

一般罪人の供養碑

供養碑

供養碑の解説板

供中河原のキリシタン殉教者


1632年2月8日(寛永8年12月18日)、棄教しないキリシタン男女14名が供中河原の刑罰場で殉教しました。14名のうち、大人の男5人は火あぶりにされ、女子供9人は斬首されました。
ここで処刑されたキリシタンは以下の通りです。

  • バレンチノ中牧主水とその妻アンナ、その子シメオン才兵衛とアレキシス権四郎
  • ヨハネ町田宗賀
  • アンデレア津田吉備
  • マテオ六兵衛と妻アグネス、その子ルイス喜太郎とロマネス三十郎
  • 道川加左衛門
  • ヒエロニモ助之丞
  • 仙助
  • 喜作



 
現地への行き方
JR二本松駅から車で10分ほど。住所は二本松市榎戸2です。

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